「そろそろウチも人事制度を整えよう」と思い立ち、社内で作り始めてみたものの、なぜかうまく機能しない——。そんな経験をお持ちの方は、実は少なくありません。頑張って作ったのに使われない、評価しても社員に納得してもらえない、気づけば形骸化して、やらされ感だけが残っている……。これは、作った人たちの能力の問題でも、やる気の問題でもありません。人事制度には、自社だけで作ろうとすると必ずといっていいほどぶつかる”構造的な壁”があるのです。今回はその理由を、現場での支援経験をもとに率直にお伝えします。
なぜ「作れた」のに機能しないのか
人事制度を社内で作ると、完成したときの達成感はとても大きいものです。「みんなで話し合って、こんなに良いものができた」という充実感は本物ですし、それ自体は決して悪いことではありません。
ところが、運用が始まった途端に現実が牙を剥きます。評価の場面で社員から「なぜこの点数なのか」と問われても、うまく説明できない。上司によって評価のブレが大きく、「あの人は甘い、この人は厳しい」という不公平感が広がる。半年、一年と経つうちに、誰も真剣に取り組まなくなっていく——。
この落差が生まれる最大の理由は、「作ること」と「使い続けること」がまったく別の難しさを持っているからです。人事制度は、作り上げることよりも、**機能させ続けることのほうが圧倒的に難しい。**そして、自社だけで作った場合、この「使い続けるための設計」が抜け落ちやすいのです。
制度としての”形”は整っているのに、実際に運用してみると中身が伴っていない——そういった状態に陥っているケースは、決して珍しくありません。そして一度失敗の記憶が組織に刻まれると、次に改善しようとしたときの抵抗感は格段に増してしまいます。
自社だけで作ると陥りやすい2つのパターン
パターンA:必要な要素が抜けた「片手落ち」型
最も多いのが、評価シートだけを作って「制度ができた」と思い込んでしまうケースです。評価シートは人事制度の一部に過ぎず、その背骨となる「人事ポリシー」や「等級基準」が整備されていなければ、正しく機能しません。
人事評価は**「人事ポリシー→等級基準→評価シート」という順番**で成り立っています。等級基準とは、各等級に求められる役割・責任・能力を明文化したものです。評価シートの項目は、この等級基準に照らして「できているか・できていないか」を測るためのものなのです。
ここが抜けた状態で評価を行うと、必ず「相対評価」に陥ります。たとえ低い評価を受けた社員でも「何をどう改善すれば次回の評価が上がるのか」を説明することができません。評価者が被評価者に納得のいく説明をするためには、「改善すれば必ず評価が上がる」という再現性を仕組みとして担保することが不可欠です。
さらに見落とされがちなのが、貢献と処遇・報酬の連動です。どれだけ頑張っても、それが昇給や処遇に正しくつながらないとなれば、社員のモチベーションは長期的に損なわれます。評価と賃金は必ずセットで設計されなければなりません。
パターンB:詰め込みすぎた「複雑化」型
もう一つのパターンは、自分たちで考えれば考えるほど、「あれも必要、これも必要」と要素を盛り込みすぎてしまうケースです。完成した時点では「よく考えられた制度だ」と感じるのですが、いざ運用が始まると誰も使いこなせない。複雑な制度は、社員の業務を圧迫し、やがて形骸化します。必要な要素を正しい順番で盛り込みつつ、使い続けられるシンプルさを保つことが、制度設計の本質的な難しさなのです。
実は「作った後」こそが本番——運用とコミュニケーションの重要性
制度が完成した時点を「ゴール」だと思っている方が多いのですが、実際には、そこからが本番です。
人事評価制度の最大の機能は、「上司と部下が定期的にコミュニケーションをとる機会を生み出すこと」にあります。評価フィードバック面談や1on1ミーティングがしっかり機能してこそ、制度は初めて生きてきます。
上司が部下に対して「あなたの今の評価はこの点数で、この部分が足りていない。次の期間でここを改善すれば、評価は必ず上がる」と具体的に伝えられること。部下が「自分は何を目指せばいいのか」「今どの位置にいるのか」を正しく把握できること。この双方向のコミュニケーションが、社員の納得感と成長意欲を支えます。
自社だけで作った制度では、この「運用の設計」が後回しになりがちです。そして気づいたときには、制度は一応運用されているものの、本来期待していた効果をまったく発揮できない状態になっています。
自社設計が上手くいかない、本当の理由
ここまで挙げてきた問題点に、自社で作っている最中に気づくことは、実はとても難しいのです。作る過程では、みんなで議論し、納得しながら進めています。しかし、社員の立場から見えている景色は全く異なる場合が多く、運用が始まってはじめてその乖離が表面化します。
支援現場でよく見られるのが、宿泊業(社員80名)の事例です。この会社では**「目標管理=人事評価制度」だと誤解したまま**何年も運用を続けていました。等級も評価基準もない状態で評価が属人化し、現場からは「頑張っても報われない」「不公平だ」という声が絶えませんでした。また、卸売業(社員60名)では、制度は存在していたものの、等級の定義や評価基準があいまいで、「なぜ昇給したのか説明がない」という状態が長年続いていました。
どちらも、社内で考えた結果として生まれた制度でした。ただ、自分たちだけでは気づけない死角があったのです。一度失敗の経験が組織に刻まれると、次に制度を改善しようとしたときの抵抗感は格段に高まってしまいます。
さらに厄介なのは、問題の本質が見えていないまま修正を重ねてしまうことです。「評価項目が多すぎるのかも」「シートの書き方が悪いのかも」と表面的な部分に手を加えるたびに、制度はどんどん複雑になっていく。何度修正しても改善しない経験が積み重なると、やがて**「この制度はどうせ変わらない」という諦めが社員の間に広がり、制度そのものへの信頼が失われていきます。**こうなると、たとえ正しい設計に作り直したとしても、社員の信用を取り戻すところから始めなければならず、再構築のコストは何倍にも膨らんでしまうのです。
では、どうすれば上手くいくのか
人事制度を正しく機能させるためには、まず「正しい順番で作ること」が不可欠です。人事ポリシー(会社として何を大切にし、どんな人材を求めるか)を策定し、それを体現する等級制度を設計し、等級基準に基づいた評価制度を構築し、評価と連動した賃金制度を整える。この一連の流れが機能して、はじめて「頑張れば報われる」という再現性のある制度になります。
次に大切なのは、制度をシンプルに保つことです。誰もが理解でき、使い続けられる制度こそが、長期的に組織に貢献します。そして、制度を作ることと同じかそれ以上に、運用に力を入れることが重要です。評価フィードバック面談の質を高め、上司と部下が定期的に対話できる仕組みを整え、評価者のばらつきを防ぐガイドラインを用意する。これらが揃って、制度は初めて生きたものになります。
「自分たちだけでは難しそう」と感じたとき、それは弱さではなく、正しい認識です。「制度を作るプロ」ではなく、「会社をよくするために最後まで一緒に走ってくれるプロ」を選ぶことが、遠回りのようで最も確実な近道です。
まとめ
人事制度を自社だけで作ることが上手くいきにくい理由は、大きく3つあります。必要な要素が抜けた「片手落ち」になりやすいこと、考えすぎて「複雑化」しやすいこと、そして「運用・コミュニケーションの設計」が後回しになりやすいことです。
制度は、作った時点ではなく、社員が「頑張れば報われる」と実感し、貢献が処遇にきちんと反映され、上司と部下が継続的に対話できる状態になってこそ、本来の価値を発揮します。
人事制度について「もう少し整理したい」「一度プロの意見を聞いてみたい」と感じている方は、まずはお気軽にご相談ください。